フリーダムにちゃまる

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休職中の出来事と過ごし方、そして考察①崩壊期

はい、休職中の過ごし方!第①弾、崩壊期(ちゃまる命名、崩壊日~1週間程度)の過ごし方を紹介しまぁす( ´  ` )♡

休職中の出来事と過ごし方①崩壊期

崩壊日

 崩壊日の様子についてはこちらの記事にも書かせていただいております('ω')!

marurutyamaru.hatenablog.com

↑お読みになる方は、目次から「そしてとうとう崩壊日!」を参考にしてください

師長や先輩方に助けていただき、この日はなんとか業務を終わらせ帰宅しました。

崩壊後1日目~3日間くらい

崩壊翌朝はかかりつけの心療内科

 心療内科へ行くよう師長に告げられ、火曜日に受診。私の担当医は土曜日のみの勤務でした。その日のやり取りの一部始終を以下に記載します。

Dr.「今日はどうされました?」

私「心療内科に通っている概要:ADHDのこと等を説明し)で、今日は師長に、行くよう言われました。今週は有給休暇いただきました。」

Dr.「そうですか。で、どうします?休職しますか?

私「(……?わかんない。このDr.怖いな、何で来たんだろう。なんでこんなに休職を勧められるの?今日わたしは休職するためにここにきたの??どうせ休職したくて来たんだろって思われてるわけ??なんか、すげー腹が立つ。)」

Dr.「また詳しいことは土曜日に話してください。血液検査結果問題ないみたいですよ。」

 と、ストラテラ内服中の定期的な血液検査結果を貰い、その日は去りました。

 意味が分からなくなって、どうしようもなくイライラして、涙がこぼれてきて、貰った検査結果を待合室でぐしゃぐしゃにしてしまいました笑

 まだ理性が働いていたので、捨ててやろうっていう気持ちをグッとこらえ、リュックの中に勢いよく放り込みました。

 今になって思えば、あの時の先生の冷たい対応は間違いじゃないな~ってなんとなく思ってます。

実家へ強制帰還、ひたすら寝て過ごす

 とりあえずその週の勤務がなくなり、安心したような悔しいような気持ちで過ごしていました。勤務がなくなって解放された気持ちと、勤務に穴をあけてしまった罪悪感。師長とは3月までは頑張るって約束をしていたのに、それを守れなかった悔しさ、挫折してしまった悔しさとで戦っていました。

 攻撃性・自殺願望が増していた私を見て、師長は「一人で過ごさせるのは危険」と判断し、寮暮らしの私を強制的に実家に帰らせるよう、私を優しく説得しました。そして、師長は母に連絡をしました。

 寮暮らしも苦痛でしたが、それ以上に実家で過ごすことを苦痛に思っていた私は、「嫌である」という気持ちを伝えたうえで、師長の客観的な視点などを頑張って冷静に判断し、実家に帰宅することを呑みました。

 実家にたまに帰るくらいならいいけど、わたし的に過干渉なのが本当に嫌でした笑

 何もする気が起きず、抗不安薬を内服し、ひたすら横になって過ごしていました。身体が動きません。会話もできませんっていう状況でした。

 それを数日間続けました。

その頃のTwitterのつぶやきがこちらです

 ※飲んだのは抗不安薬ソラナックスジェネリックです

ひたすら横になっていたのを覚えています。立ち上がるとしたら水分補給のためくらいでしょうか?ご飯もまともに食べていませんでした。

ひたすら泣く 

 職場への穴をあけてしまった罪悪感や不安感はずっと心の中にあり、優しかった先輩方を思い浮かべては泣く、を繰り返していました。

 本当に人としてクズだ、出来損ないだ、と口にしながら泣いて、水飲んで、泣いてを繰り返していました。

実家に潜むストレッサー

つぶやきをご覧ください

  こんな具合に、実家のほうがストレスを感じておりました。ですが、一人でいても危なかったのは事実です。なので、私のような人が周りにいた場合、安易に実家に帰れって言うのは必ずしも正しいとは限らないと思います。

 けど、実家が近くにあり、話が少しでも通じる場合は、実家に帰すのが賢明な判断です。返した後は、誰かしらかの精神的な攻撃が待っていますが……笑

 正直、仕方ないです。だって、マザコンは自分で脱しなきゃいけないことですもん!!

 私の場合は結果的に正解(?)でした。これらのつぶやきはすべで母に対する不満です。母親がネックなだけで、父は黙って見守ってくれていたのです。それが今も心の支えになっています。

 崩壊~2週間程度

少しずつちゃんと食べるように

 夕飯には顔を出して、食べるようになりました。カウンセラーの先生から、心の健康のためには栄養をしっかりと取らなくちゃね。と言われていたのを思い出し、実践しなくちゃって思ったからです。

笑う時間もできた

 愛想笑いすらできなかったのに、愛想笑いできるまでには回復できました。私の場合、妹が笑わせようと気を使ってくれたのもあって、本当に助かりました。

 休職する前は、休日はなんとか楽しめていたんです。平日は帰宅してからも笑う時間とか自分が楽しむ時間とかまったくなく、好き好んでたテレビ番組を見ても「うるせえな」って感じるだけで。でも休日は、同期が連れ出してくれたおかげもあり、なんとか楽しむっていうことをできていたように思います。本当にありがとう。

 あと、私、下ネタ好きなんですよ。テレビでそれが流れても笑えなかったのに、ようやく笑うことができるようになって、びっくりしました。笑うのは健康のもとだぜ!

適応障害は甘えばかりではない

 適応障害や新型うつは甘えっていう人もいるけど、その人それぞれで抱えている事情が違うので「はーん、適応障害ね?はいはい甘えでしょう?ったく根性ねぇな」って放置していると、本当に深みにはまる人もいます。

 適応障害の状態であるにもかかわらず、そういう自分を見過ごして、無視して過ごし続けるから、他の病的な精神疾患につながるのではないでしょうか?

一番危険なのは、決めつけ/わかったふり

 適応障害はその環境から身を引くことで回復するっていう定義がありますが、本当にそうなんだって思いました。私たぶん、あの日師長に助けを求めていなかったら、その時の気持ちすら押し殺してどうにかなっちゃっていた気がします。

 その人の状態について専門的に判断したり、診断を下すのは医師です。ただ、厚生労働省の以下のリンクの記事からわかるように、メンタルの問題は適切に自己処理ができない状態でいることは危険なのです。甘えの一言で片づけられるケースとそうでないケースがあることは理解したほうがいいと思います。

 …内因性うつ病というのは典型的なうつ病であり、普通は抗うつ薬がよく効きますし、治療しなくても一定期間内によくなるといわれます。ただ、本人の苦しみや自殺の危険などを考えると、早く治療したほうがよいことは言うまでもありません。…

(一部抜粋、引用:

うつ病|疾患の詳細|専門的な情報|メンタルヘルス|厚生労働省

 一番危険なのは、メンタルの問題について自分を基準に考え、相手のメンタルの状態をわかったふりをしたり、決めつけたりすることです。なのでまぁ、最終的には自分のメンタルは自分で守ってね!っていうメッセージに尽きるのですが笑

 人は皆日々ストレッサーにさらされていて、メンタルを守りながら生きています。その守り方は、例えば休日にカラオケで大声で歌うってことでもあるし、誰かに愚痴をこぼすってことも含みます。

 自分のメンタルの守り方に迷いが出てきたら、信頼できる誰かにありのままを話したり、尊敬できる誰かの体験談を聞いたり、お金がかかってでも専門機関や医療機関を利用するのも一つの手だと私は思います。